2007年10月07日

中板橋出身・ゆかりのある芸能・有名人

・生田智子

元サッカー選手中山雅史さんの妻として、また、女優として有名な
生田智子さんは中板橋出身です。

1967年東京都板橋区生まれ。

板橋区立中根橋小学校、
板橋区立板橋第三中学校卒業。

高校は私立山崎学園富士見高等学校を卒業。
日本女子体育短期大学卒。

中板橋出身の生田さんは2015年放送の『出没!アド街ック天国』の
「中板橋」の回には地元出身としてご出演され、

「石神井川のそばにある中根橋小学校に通っていました。」

中板橋駅南口近くで昭和41年から営業を続けている
老舗の洋菓子店 欧風菓子 白鳥については、

「大好き、大好き、大好き。(店の洋菓子が)もうホント美味しいです。」

中板橋の老舗の洋品店 なかやについては、

「ウチのおばあちゃんがなかやのおばあちゃんと友達でした。」

生田さんが20年近く(2015年時点)通い続けているという
中板橋の洋食店 ココットについては、

「ノーメイクで行ってます。(笑)」

「すっごい美味しいですよ。お腹が空いてる時にガツガツいきたい。(笑)」

と話され、海老ドリア、豚のしょうが焼きをガーリックライスの上に乗せた
スタミナピラフがお気に入りという事、

中板橋の洋食店 キッチン亀のご主人や製麺店の遠藤製麺のご主人に
ついては同じ中根橋小学校に通っていた同級生だったという事で、

「(キッチン亀のご主人の)あだ名が「亀」とか「亀君」だったんです。」

「遠藤君とも同級生です。」

等、子供時代から地元の中板橋に密着した生活を送っていた事を話され、
そして、中板橋の一番好きな場所として、毎年春に満開の桜が咲く
石神井川沿いのスポットを挙げるなど、中板橋の思い出や魅力について
語っていらっしゃいました。

『2015年1月17日 出没!アド街ック天国 中板橋』



また、生田さんは2005年放送の『出没!アド街ック天国』の「板橋」の回に
中板橋出身として出演された時には、

「板橋の出身です。」

「ピエロ(ハッピーロード大山商店街にあるクレープ店)のクレープを
子供の頃に食べた事があります。」

等、話されていました。


生田さんは1996年に中山雅史さんとご結婚されるまでの
28年間を板橋で過ごされました。

現在もご両親をはじめ、ご親戚の多くが板橋界隈に住み、
お正月やお祝い事の時には食事会などで良く集まる為、
今でもちょくちょく板橋に帰られる事は多いとのこと。

中板橋出身の生田さんは、
2013年10月に発売された板橋区の特集ムック「板橋本」の中の
“板橋LOVERS”というコーナーで地元板橋区の事を語られていました。
以下にその一部を紹介します。


「結婚後は、夫の所属チーム(ジュビロ磐田)の拠点の静岡で
約15年暮らしました。
生まれ育った街を離れてみて感じたのは、板橋はホッとする場所という事。
特に何が在る訳じゃないけれど、小さい頃から在るお店が今も変わらずに
そこに在って、落ち着くんです。
周辺には学生時代の友人も多く住んでいますし、
街の人達も気の置けない方達ばかり。
この前も娘と一緒に(板橋の街を)歩いていると、
「お嬢さん、随分似てきたわね〜」なんて、声をかけられたりして・・・」


「私にとって板橋の街は、待っていてくれる人が居る場所。」


等、生田さんは本の中で語られていました。

生田さんは現在も中板橋に帰られた際は地元の洋食店に行かれるそうです。
洋食店は夫の中山雅史さんも大のお気に入りとのこと。

ちなみに、生田さんが夫である中山雅史選手の試合へ応援に行かれていた
時には、生田さんのお母様が板橋本町商店街にある鈴木米穀店のおにぎりを
持参して同行し応援に来ていらしたそうです。

他にも生田さんは本の中で、地元板橋区のおすすめのお店として、
上板橋の和洋菓子店 ひと本 石田屋や、
子供時代から親しんでいる大山のクレープ店 ピエロを紹介されていました。

板橋本
rakuten.co.jp




・高木延秀

1980年代中頃から1990年頃にかけて活躍したアイドルグループ「忍者」の
メンバーだった高木延秀さんは中板橋出身です。

1970年生まれ。

板橋区立板橋第三中学校卒業。




・酒井和歌子

女優の酒井和歌子さんは中板橋出身です。

板橋区立板橋第四中学校卒業。

<略歴>
1949年栃木県生まれ。
生後間もなく東京都板橋区に移住。
小学校4年生の時に劇団若草に入団。
子役として活動後、東宝の青春映画で活躍。
「若大将」シリーズではヒロイン節子役を演じ人気を博す。
東宝退社後も2時間ドラマ等に多数出演。
かつては清純派女優と称されたが近年は悪女役などもこなし、
幅広い演技で女優活動を続けている。




・ちあきなおみ

「喝采」「矢切の渡し」「夜間飛行」など、多数のヒット曲で知られる歌手の
ちあきなおみさんは中板橋出身です。

1947年東京都板橋区生まれ。

中板橋出身のちあきさんは小学校2年生の時に
中板橋から神奈川県藤沢市辻堂に転居されますが、
小学校2年生の途中までは
中板橋の板橋区立中根橋小学校に通っていらしたとのこと。

ちあきさんの1974年の曲「私はこうして生きてきました」は、
「生まれは 東京 板橋で・・・」の歌詞で始まる曲で、
ちあきさんの半生が綴られた曲として知られています。

「私はこうして生きてきました
(ちあきなおみ リサイタル 1974年 中野サンプラザ) (曲の前半部分のみ)」


ちあきなおみ リサイタル 1974年 中野サンプラザ
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<略歴>
1947年生まれ。東京都板橋区出身。
5歳の時にタップダンサーとして初舞台を踏む。
幼少の頃から歌手として米軍キャンプやジャズ喫茶を回り、
10代で橋幸夫やこまどり姉妹などの前座歌手も務めた。

1969年に「雨に濡れた慕情」で歌手デビュー。
1970年の「四つのお願い」がヒットし人気歌手となる。
同年、第21回NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。
その後も、「喝采」「矢切の渡し」「夜間飛行」「円舞曲(わるつ)」など
数々のヒット曲を発表。
紅白には1977年まで8回連続出場。
1978年に俳優の郷^治(俳優の宍戸錠の実弟)と結婚。
結婚後は歌手としてのテレビ出演の機会が減るも、
一方で本人の演劇性やコミカルな面を活かし、女優やタレントとしても活動。
1987年からの「タンスにゴン」のCMシリーズでは、
癖のある主婦を怪演し話題に。
その後「紅とんぼ」のヒットで1988年の第39回紅白に
11年ぶりの出場を果たした。

1992年に夫の郷^治が死去。郷の死後は一切の芸能活動を休止し、
現在は引退同様の状態となっている。




・平山郁夫(ひらやま いくお)

名実ともに日本画壇における最高峰の日本画家として著名である
画家の故・平山郁夫さんは、
かつてご一家で中板橋の双葉町に住まわれていました。

双葉町にて暮らされていた頃の事を、
平山さんの奥様である平山美知子さんが、ご自身が館長をつとめる
平山郁夫シルクロード美術館の美術館ニュースの中で
こう語られていました。

「平山と私は1955年(昭和30年)に結婚しました。
平山の月給、扶養家族手当を入れて1万1千円から始まった私達の生活は
決して豊かなものではありませんでしたから、
将来美術館を作るなどという事は考えた事もありませんでした。

中板橋のうす汚れたアパートは六畳一間で台所もありませんでした。
三十世帯に井戸二つという共同生活の様な日々の中で、
私は学校では教えられないよい勉強をさせてもらいました。
それから始まった約五十年を振り返ってみると、
人と人とのふれあい程大切なものは無かったと思っています。」

他にも、中板橋で暮らしていた当時、米や味噌など生活必需品を
中板橋の商店街でツケで借りていた為、
顔を上げて商店街を歩けなかったそうです。
多少生活が楽になり成増に移り住んだ後も、
世話になった中板橋の商店街への義理立てから
米などを変わらず中板橋の馴染みの店へ注文していたそうで、
ある時とうとうお店の方が、配達が遠いのでもう注文してくれなくていい・・・
と根をあげてしまった事があったそうです。




・阿部祐二

現在はTVリポーター、以前は俳優・モデルとして活動していたTVリポーターの
阿部祐二さんは中板橋出身です。

1958年生まれ。

板橋区立弥生小学校、
板橋区立上板橋第一中学校卒業。

高校は都立小石川高等学校を卒業。
早稲田大学政治経済学部卒。

俳優時代の主な出演作品は刑事ドラマ『特捜最前線』の杉敏夫巡査役や
特撮ドラマ『特捜エクシードラフト』の大門巌役など。

阿部さんは中板橋の定月医院(2014年に閉院)でお生まれになり、
15歳まで中板橋で暮らされ、高校生の時に成増に転居し、
成増に18歳の時まで住まわれていたそうです。
この事は以前ご自身でTV番組『スッキリ!!』の中で話されていました。

中板橋出身の阿部さんは2015年放送の『出没!アド街ック天国』の
「中板橋」の回に地元出身としてご出演され、

「(中板橋という街を一言で表すならば)「俺」です。僭越ながら。
僕自身が生まれ育った場所です。」

中板橋の老舗の洋品店 なかやについては、

「ウチのおふくろが(なかやに洋服を買いに)行ってました。」

ご自身の母校である板橋区立弥生小学校については、

「弥生小学校と中根橋小学校は丁度踏み切りを境にして
(通学区域が)変わるんです。
(中板橋の小学校の通学区域の話をしても大半の人は)
分からないですね。ローカルで。(笑)」

阿部さんがお生まれになった定月医院については、

「僕は中板橋の定月医院という所で産まれたんですよ。
ああ・・・何か凄く色々思い出してきました。
今日は中板橋を特集してくれて有難うございます。」

そして、弥生小学校に通っていた小学生時代に東京都の小学生相撲大会で
3位になり、相撲部屋の花籠部屋からスカウトが来た事

など、中板橋の思い出について語っていらっしゃいました。

『2015年1月17日 出没!アド街ック天国 中板橋』



また、阿部さんは以前、TV番組の中で弥生小学校時代のあだ名は
「あべちゃん」だった事、そして小学生の時に相撲大会で活躍し相撲部屋から
スカウトが来た事、更には野球関係のスカウトも来た事で中学に進学せずに
相撲取りまたは野球の道を目指そうとしていたそうですが、お父様から
「目の前に中学校(板橋区立上板橋第一中学校)があるのだから、
ダメだ(通っておけ)。」と諭され、相撲部屋入りそして野球の道に進む事を
諦めた、などの事を話されていました。

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『2013年11月30日 さんま&くりぃむの第16回芸能界(秘)個人情報
グランプリ! (前半の阿部さんの出演部分のみ)』
(阿部さんの小学生時代については48:33頃と52:46頃から。)



ちなみに、阿部さんは現在千葉県の浦安市にお住まいですが、
お子様の出産は下赤塚にある産婦人科の横田医院にお願いし、
横田医院で娘さんがお生まれになったそうです。
この事は以前阿部さんがTV番組『ホンネ日和』に出演して
同じ東上線沿線下赤塚出身の国際弁護士 八代英輝さんと対談した際に
話されていました。


posted by pokochi444 at 05:05 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする