2007年10月07日

成増出身・ゆかりのある芸能・有名人 -石橋貴明さんについて-

・石橋貴明

とんねるずの石橋貴明さんは成増出身の芸能人として有名です。

1961年、東京都葛飾区に生まれ、
化成会社(石橋化成)を営むお父様のもとで裕福な暮らしを送るも、
石橋さんが幼稚園の時にお父様の会社が倒産し、板橋区小豆沢へ転居。
その後間もなく成増のアパートに引っ越し、19歳まで
成増で暮らされていました。

北区浮間幼稚園中退(※)。
1968年 板橋区立志村第四小学校入学。
1970年 小学校3年生の時に板橋区立成増小学校へ転校。1973年度卒業。
1974年 板橋区立赤塚第二中学校入学。1976年度卒業
1977年 帝京大学系属帝京高等学校(帝京高校)入学。1979年度卒業。

(※ 当時石橋さんは板橋区小豆沢に住んでいましたが、
石橋さんのお母様が石橋さんが板橋区のガラの悪い子供達に
影響されないようにする為、当時評判の良かった北区の浮間幼稚園に
バスで越境通園させていたそうです。
しかしその浮間幼稚園でいじめに遭い、幼稚園を「中退した。」と
石橋さんが以前TV番組で語られていました。)

東上線沿線の住人の方以外にも石橋さんが成増出身という事は
全国的に有名かと思います。

(とんねるずのデビューアルバム「成増」をはじめ、
1985年発売のとんねるず自著「天狗のホルマリン漬け」などに
エピソード多数)

(古館伊知郎さんとのトーク番組『第4学区』などでも有名)

ですので、ここでは石橋さんがTV番組等で繰り広げる東上線トーク、特に、
東上線出身の芸能人に絡んでいるトークについて挙げていきたいと思います。



---稲垣吾郎とのトークで---(『うたばん』)

稲垣吾郎:「あ、僕、あれなんですよ。高島平なんですよ。実家。」

石橋   :「あ〜!そうかい!高島平は昔なあ、大砲撃ってたんだぞあそこ!
あれは明治だか何かの江戸時代は大砲撃ってたんだよ。」

稲垣吾郎:「あ、そうなんですか!」

石橋   :「うん。んで、高島平の団地が出来る前に、
俺、小豆沢に居たから。」

稲垣吾郎:「え、小豆沢なんですか!(と石橋さんを指差す)」

石橋   :「そうだよ。志村スポーツセンター(※)の・・・
(と稲垣さんを指差す)」

稲垣吾郎:「え、僕行ってましたよ!(志村スポーツセンターに)」

石橋   :「俺行ってたよ〜!志村スポーツセンタ〜!!」

(ここで石橋さんと稲垣さんが席を立ち上がり、見つめ合いながら
ガッチリと握手を交わす。)

稲垣吾郎:「(石橋さんと板橋話で盛り上がっている事で、
SMAPのメンバーに向かって)ちょっとローカル過ぎたかな。」

稲垣吾郎:「大山ハッピーロードとか。」

石橋   :「大山、あそこはよく万引き(※)したね。俺は。」

石橋   :「あ〜高島平の。(出身なんだ)」

稲垣吾郎:「そうなんですよ。
だからもう成増なんてもうしょっちゅう(行っていたん)ですよ。」

(※ 志村スポーツセンター=板橋区志村にかつて存ったアイススケート場。)

(※ 大山で万引き=石橋さんは1999年と2000年に放送されたTV番組
『第4学区』の中では「大山は映画を観る為に降りた位。」
と話されていたので、おそらくネタであると思われます。)

『2000年10月22日 うたばん SMAPスペシャル (一部のみ)』
(1996年10月15日のうたばんSMAP初出演の回で板橋話をする
石橋さんと稲垣さんは0:35頃から。)





---稲垣吾郎&スマップとのトークで---(『うたばん』)

木村拓哉:「吾郎ってなんかあれですよ。
わかるでしょ?ね?何かむかつくじゃないですか。」

稲垣吾郎:「え?何で?何が?」

(ここで稲垣さんがわざとらしく人差し指を額に持っていき
田村正和さんがやるようなポーズをとる。)

木村拓哉:「ね?あれ見てくださいよ?むかつくでしょ?」

稲垣吾郎:「いやこれ自然にでちゃうんだよね。自然に。」

石橋   :「おめ 高島平の団地っ子が何言ってんだよ。」

稲垣吾郎:「いいじゃないですか団地。
近所なんですから仲良くしてくださいよ。」

石橋   :「うっせー 
成増と高島平のガキはちょっと性質が違うんだよ。」




---稲垣吾郎&スマップとのトークで---(『ビストロSMAP』)

稲垣吾郎:「僕あの、地元が板橋区なんですよ。」

石橋   :「(稲垣を指差しながら)そう! 板橋区なのよ!」

稲垣吾郎:「そうなんです。だから凄くこう地元愛と言うかですね、
「(とんねるずの石橋貴明が)こっから出てきたんだ。」みたいな感じで
みんな言ってたんですよ学校とかで。」

木村拓哉:「というかね、あの、ウチの吾郎はホントに一時期、
メンバーがみんなで(高島平の)吾郎の家行ったりした事もあって、
そん時にやったらすんげえ胸張って言うのが、
「ああ僕ん家ね、とんねるずの地元なんだよ。」
ってそれで凄い胸張って歩いてんですよ。」

稲垣吾郎:「そうですよ。」

中居正広:「でも当時僕なんか、「すげえ!」って言ってましたけども。」

石橋   :「高島平、まあ成増近いですからねえ。」

稲垣吾郎:「そうなんですよ。」

石橋   :「吾郎ちゃんもねえ、立派になられてもう。」

『2010年4月26日 ビストロSMAP』
(地元が板橋区のくだりは26:46頃から。)





---柴咲コウとのトークで---(『みなさんのおかげでした』)

柴咲コウ :「ロサ会館(池袋西口)でよく学校帰りとか遊んでて。」

石橋   :「ああヤンキー?だったっしょ?」

柴咲コウ :「ええ〜 違いますよ。」

石橋   :「いやまたまた、俺らの頃はロサとかあっこら辺でカツアゲされた奴
よく居たもんな。」




---柴咲コウとのトークで---(『みなさんのおかげでした』)

(柴咲さんが出演した映画「日本沈没」の話をする。)

柴咲コウ :「(映画「日本沈没」が)出来上がった映像を見たら渋谷の街とかも
「ズドーン」て(崩壊していて)。」

石橋   :「じゃあ当然の様に池袋のロサ会館前も、「べシャッ」と?」

木梨憲武 :「(映画の中に)池袋は映っていないんじゃない?ねえ?」

柴咲コウ :「ねえ。(手を振って否定しながら)(池袋は映画の中に)
映ってない、映っていなかった。(笑)」

rosa sibasaki1.jpg

『2006年7月20日 とんねるずのみなさんのおかげでした
食わず嫌い王決定戦 柴咲コウvs阿部寛』
(ロサ会館のくだりは03:16頃から。)





---菅野美穂とのトークで---(『みなさんのおかげでした』)

(石橋さんがおみやげにちなみ成増や東上線の話をする。)

菅野美穂:「(自分を指差しながら)私東上線出身なんです。あの・・・若葉。」

石橋   :「うん。ああ、そうなの?そうなんだ〜。若葉ね。」

石橋   :「森林公園より(※)だよね?」

(※ 〜駅より前=古くからの東上線ユーザーが、
その駅が池袋寄りか寄居寄りかを話す時に使うローカル表現。
池袋寄りの場合は「前」、寄居寄りの場合は「後ろ」となる。)




---おぎやはぎとのトークで---(『うたばん』)

石橋   :「(矢作と小木を指差して)お前どこだよ。」

矢作   :「俺は池袋ですよ。」

小木   :「俺は板橋区ですよ。」

石橋   :「板橋どこだよ。」

小木   :「ときわ台ですよ。」

石橋   :「いいとこじゃねえかよ・・・。」

石橋   :「(おぎやはぎの隣りに突然並んで)池袋、ときわ台、成増。」

石橋&
おぎやはぎ:「東武東上線。」

石橋   :「ときわ台はね、池袋と成増の間ぐらいなの。」

小木   :「丁度ど真ん中。」

スマップ中居:「わかんない。わかんない。わからない!」

石橋&
おぎやはぎ:「成増下赤塚東武練馬上板橋
ときわ台中板橋大山下板橋北池袋
池袋。」

スマップ中居:「知らねえよ!!何が気持ちいいんだよ!
駅名言って何が楽しいんだよ!!」

『2006年3月9日 うたばん』
(東上線のくだりは20:50頃から。)

(削除防止の為に韓国語字幕が入っています)




---おぎやはぎとのトークで---(『みなさんのおかげでした』)

石橋   :「こないだ三軒茶屋のデニーズで、朝、
ばったりおぎやはぎに会っちゃって。」

おぎやはぎ:「あ この間有難うございました。」

石橋   :「いや何が凄いって彼らは何てったって東上線出身ですから。」

おぎやはぎ:「そうなんですよね〜 盛り上がりましたよね。
4時間くらい喋ってました?」

石橋   :「そんぐらい喋ってたな。いやだって面白えんだもん。おぎやはぎ。」




---若槻千夏とのトークで---(『うたばん』)

(若槻さんの事を呼ぶ時)

石橋   :「森林公園!」「森林!」

『2007年4月5日 うたばん』
(若槻さんの事を「森林公園」と呼ぶ石橋さんは48:30頃から。)

(削除防止の為に韓国語字幕が入っています)




---尾崎豊---(『うたばん』)

石橋   :「俺、尾崎豊と飲んだ事あるよ。」

勝俣   :「何、話すんですか?尾崎君と。」

石橋   :「東上線の、俺成増じゃん。(尾崎君が)下赤塚なんですよ。
池袋が一番近い繁華街なの。
そこに、東上線は「ぶらんで〜と東武」って東武デパートの屋上が、
スゴく当時(石橋さんと尾崎さんが子供時代の当時)面白かったの。
変なこう、木が有って、そこがジャングルジムみたいになってんの。
それが凄い楽しかったの。で、

(石橋)「(池袋の東武デパートの屋上のジャングルジムに)行った事ある?
尾崎?」

(尾崎)「ありますよ、あん中(ジャングルジムの中)でしょう〜?!
スッゲー楽しいすよね〜!」

みたいな。」

勝俣   :「尾崎そんなにはしゃぐんですか?」

石橋   :「はい。」

『2010年1月19日 うたばん
(尾崎さんとの思い出について語る石橋さんの部分のみ)』


他にも、番組上では無いのですが、下赤塚・春日町出身だった尾崎さんは
石橋さんに自分がグラントハイツ・下赤塚周辺で遊んでいた事を話し、
石橋さんもグラントハイツには良く行った事等、
東上線トークで盛り上がったそうです。

(※ グラントハイツ=東京都練馬区にかつて1947年(昭和22年)から
1973年(昭和48年)迄の間存在した、アメリカ空軍の家族住宅地。
1973年に日本に返還され、現在は東京都練馬区光が丘の全域
およびその周辺地域となっている。)




---尾崎豊---(『ヨルタモリ』)

石橋   :「板橋区は、東上線はですね、僕が成増、下赤塚に尾崎豊、
東武練馬に山下達郎さん、この“3大歌手”が並んだ所なんですよ。」

タモリ   :「3大歌手。(笑)」

タモリ   :「尾崎豊が下赤塚ってイメージが無いねえ。意外だ。」

石橋   :「下赤塚なんですよ。で、引っ越して朝霞か何か行っちゃった。」

石橋   :「で、もうちっちゃい時、僕達東上線の子は、東上線がそのまま
池袋に行くから、「ぶらんで〜と東武」って、東武デパートが「ぶらんで〜と東武」
って呼ばれていた時、そこの屋上のこういう木のジャングルジムで遊ぶのが
すっごい東上線沿線の子供達にとってはちょっとした一番の喜びみたいな時が
あったんですよ。」

石橋   :「で、一回だけ僕、尾崎豊君に会った事があるんですよ。
大人になってから。
で、カッコ良くて尾崎君が。「カッケ〜なあ。尾崎豊はやっぱりカッケ〜わ。」
って。
で、(石橋さんが尾崎さんに)「下赤塚なんでしょ?」って。
で、(尾崎さんが石橋さんに)「貴さん、成増なんでしょ?」って。」

宮沢りえ :「あっ、(石橋さんが成増出身という事を尾崎さんが)
知ってたんだ〜。」

石橋   :「「(子供の時に)東武のデパートの屋上の木のジャングルジムで
遊んだ事ある?」って聞いて、「(尾崎さんが)もちろんです!」って。
すっげー盛り上がっちゃった。」

石橋   :「で、「(尾崎さんと握手をしながら)頑張ろうな!東上線同士で!」
って。
歴史的なこの、大物歌手同士の握手(が実現したという)。(笑)」

『2015年4月26日 ヨルタモリ』
(尾崎さんとの思い出について語る石橋さんは19:25頃から。)





---宮沢りえ---(『ヨルタモリ』)

石橋   :「りえは練馬区でしょ?」

宮沢りえ :「あたし練馬区です。大泉学園。」

タモリ   :「ああ、(成増の)近くだ。大泉学園。うん。」

石橋   :「練馬区はでも、りえの(地元の)辺りは凄い綺麗な子が
沢山居るんですよ。」

タモリ   :「大泉学園。」

宮沢りえ :「(観月)ありさちゃん(※)も。」

石橋   :「(観月)ありさもそうだよね。観月ありさも。」

宮沢りえ :「そう、そうなんです。」

能町みね子:「上戸彩さん(※)もこないだ来た時、練馬?でしたっけ。
言ってましたよね。」

タモリ   :「団地(出身)だって言ってたね。」

(※ 観月ありささんは練馬区大泉学園町出身)
(※ 上戸彩さんは練馬区光が丘出身)

『2015年4月26日 ヨルタモリ』
(練馬区の大泉学園周辺について話す石橋さんは19:05頃から。)





---Tinaとのトークで---(『うたばん』)

歌手のTinaさんが『うたばん』に出演した際に大山出身である事を話し、
石橋さんも
「大山は東上線の中でいちばん大きい商店街がある。」
「何でも揃う。」
等、大山の話をしていたようです。




---ラジオでのトークで---(『とんねるずのオールナイトニッポン』)

石橋さんは以前、ラジオ『とんねるずのオールナイトニッポン』で、

「東武東上線は“ミュージシャンライン”なんだよ。
東武練馬が山下達郎さん、
下赤塚が尾崎豊くん、
そして成増がオレ。(笑)」

と話していました。




---山下達郎とのトークで---(『とんねるずのオールナイトニッポン』)

(石橋さんが東武練馬の話をする。)

石橋   :「東武練馬ってのはもう池袋を背にして行くと、
右っ側(北側)が崖みたいになってんですよね。」

山下達郎:「そう! そうなんですよね。
(あそこら辺は)志村高校がありますね。大東文化大学がありますね。」




---山下達郎とのトークで---(『とんねるずのオールナイトニッポン』)

(山下さんが池袋駅構内東口地下に在った「スナックランド」の話をする。)

山下達郎:「あそこに100円のカレーがあってね。
100円で食べられる立ち食いのカレーがあったでしょ。」

石橋   :「あっ、あそこ、あと、サラダうどんって食べた事ありますか?」

山下達郎:「そうそうそうそう。(笑)」

石橋   :「あっ!(笑) サラダうどん食べてましたか!(笑)」

山下達郎:「他人の感じがしませんね。(笑)
何か初めて会った気がしませんね今日は。(笑)」

石橋   :「(スナックランドで)チーズドック食べた事あります?」

山下達郎:「ありますあります。(笑)」

石橋   :「これが! 蜂蜜かけて。」

山下達郎:「ありましたね〜。」

(※ スナックランド=1997年まで池袋駅構内東口地下に存在した
立ち食い専門の飲食エリア。)

『1991年 とんねるずのオールナイトニッポン ゲスト:山下達郎
(東上線や池袋についてのトークをされる山下さんと石橋さんの部分のみ)』





---太田光との絡みで---(『笑っていいとも!』)

(石橋さんがユニット“矢島美容室”で乱入。)

タモリ   :「静岡の磐田から来たの?」

石橋   :「ノー。ネバダ。」

太田光  :「えー?成増でしょ?」

石橋   :「ノー!ノー!東武東上線ノー!!」

『2008年10月29日 笑っていいとも! (太田さんと絡む石橋さんの部分のみ)』
(太田さんと絡む石橋さんは3:26頃から。)




---太田光とのトークで---(『みなさんのおかげでした』)

(石橋さんが苺を食べる時は牛乳と砂糖を入れるという話をする。)

石橋   :「俺は潰して砂糖ちょっと入れて、牛乳。」

太田光  :「う〜わ貧乏人。貧乏人だ。(笑) 
果実だけの甘さでイケるのが上流の・・・
貧乏なヤツはすぐ砂糖だとか何とか、甘い物が良い物だと思ってるから。」

石橋   :「東上線の「奥」に言われたくないわ。(笑)」

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『2005年4月28日 とんねるずのみなさんのおかげでした
食わず嫌い王決定戦 木村佳乃vs爆笑問題』
(東上線のくだりは9:07頃と39:28頃から。)




〔※〕
(稲垣吾郎さんは板橋区高島平のご出身
(最寄り駅は都営三田線「高島平駅」)で東上線には直接の関係は
ありませんが、石橋さんと絡む時は良く
「板橋区なんですから。」「近所でしょう。」等、
東上線沿線出身の石橋さんに親近感のあるトークをする事も多いので、
少し解釈を拡げさせて頂いて掲載しました。)

(・稲垣吾郎 1973年生まれ 東京都板橋区高島平出身。
板橋区立高島幼稚園卒園。
板橋区立高島第二小学校、板橋区立高島第三中学校卒業。
高校は堀越高等学校を卒業。)

〔※〕
(宮沢りえさんは練馬区大泉学園町のご出身
(最寄り駅は西武池袋線「大泉学園駅」)で東上線には直接の関係は
ありませんが、大泉学園町の北側の一部は東上線の和光市駅もしくは
成増駅が最寄り駅となる地域もある事から、
少し解釈を拡げさせて頂いて掲載しました。)

(・宮沢りえ 1973年生まれ 東京都練馬区大泉学園町出身。
練馬区立大泉学園緑小学校、練馬区立大泉学園中学校卒業。)





また、石橋さんは2007年4月放送の『ぴったんこカン・カン』では
池袋駅西口前にある中華料理店の東明飯店(当時の店名は「東明大飯店」)を
訪れ、高校3年生の時にそのお店でアルバイトをしていた頃の思い出を語り、
その後は池袋駅北口出口近くの東武デパート地下1階の通路、
かつて「36面」と呼ばれた(現在は液晶になり「12面」)テレビモニターが36台
設置されていた場所を訪れ、
デートの待ち合わせをした思い出を語られていました。
「36面」は2007年の放送時点ですでにテレビモニターの数は
36面では無かったのですが、
石橋さんが「36面」「36面」と呼んでいたのが印象的でした。

そして池袋駅メトロポリタン口から20数年ぶりに東武東上線に乗り、
おぎやはぎと共に中板橋駅で下車した際には、

「電車が混んでる時は中板で降りて中板から自転車で帝京まで通ってたから。
中板からすげー近いんだよ、帝京。」

(先頭車両に乗ってしまい、おぎやはぎが
「あ〜やべ、中板出口一番後ろに乗んなきゃ駄目なんだ。」と言うと、)

「あ〜そうだそうだ中板は出口こっちだ。」

等、高校時代に通学した時の思い出などを語っていらっしゃいました。


下の動画はとんねるずのデビューアルバム「成増」(1985年3月発売)に
収録されている曲「バハマ・サンセット(New Version)」です。
石橋さんが暮らしていた当時の成増の情景やお店が歌詞に出てきます。



柏屋・・・かつて成増に在ったLサイズ以上のサイズに特化した
婦人服チェーン店。)

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シズオカヤ・・・かつて成増に在ったスーパーマーケットチェーン。
現在のプラスゲオ成増店の場所と現在のダイエー成増店の場所
(かつて在った成増名店街ビルの地下)に在りました。)

京樽・・・石橋さんが成増で暮らしていた当時から成増駅コンコース内に在る
持ち帰り寿司専門の寿司チェーン店。
「バハマ・サンセット(New Version)」の歌詞の中に出てくる
“茶きん鮨(茶巾寿司)”は五目ちらしを薄焼き玉子で包んで海老を乗せた寿司
で、京樽の代表的な人気商品です。
京樽 成増東武コンコース店は2015年まで成増駅コンコース内にて営業を
続けていましたが、2016年3月に成増駅コンコースに新設された
駅ナカ商業施設「EQUIA」が出来た事により現在は営業を終了しています。)

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(東武のれん街・・・渋谷にある東急東横のれん街をもじって
歌詞に使用しただけで実際には存在しません。)

(曲中の“有賀いずみ”さんは板橋区立志村第四小学校時代の
石橋さんの初恋の人だそうです。)

(“有賀いずみ”さん情報は
「天狗のホルマリン漬け」の中の〜第1章 初恋〜より。)


とんねるずの3枚目のシングル「一気!」(1984年12月発売)です。
曲の冒頭で石橋さんが、
押忍!帝京高校出身!東武東上線、成増在住!石橋貴明!!
と、気合を入れます。






とんねるずの4枚目のシングル「青年の主張」(1985年4月発売)です。
曲の最初の部分で女性ナレーターが、
東京都成増地区代表、石橋貴明さんの青年の主張。乾布摩擦の勧め。
と、石橋さんの事をナレーションで紹介します。




石橋さんは1985年発売のとんねるず自著「天狗のホルマリン漬け」では、
石橋さんが成増に暮らしていた当時の成増や東上線沿線の様子を
独自の描写で語られています。

(以下、「天狗のホルマリン漬け」より一部引用)

〜「第4章 我が町 我が友 MY TOWN MY FRIENDS」〜

〜東武東上線

池袋・・・ここが池袋です。東武デパートには1500人集めました(※)。

(※東武デパートに1500人=とんねるずは1984年発売の「一気!」、
1985年発売の「青年の主張」のシングル発売イベントを
池袋の東武百貨店の屋上で当時開催していました。)

北池袋・・・この駅は、まるで東上線の中でも意味をもっていない。

下板橋・・・この駅には、私は降りたことがない。

大山・・・この商店街はものすごく、板橋区の地価が一番高いのもここである。

中板橋・・・この駅から自転車に乗って帝京によく通った。

ときわ台・・・この駅には女子高生がたくさんいる。ナンパの宝庫。

上板橋・・・この駅にも私は降りたことがない。

東武練馬・・・この駅から歩いてすぐの所にレオナルド熊さんが住んでいた。

下赤塚・・・パチンコ屋がよく出ることで有名。

我が町 成増・・・池袋から急行・準急で10分、各駅で20分。
これが東武東上線成増の所要時間である。
営団有楽町線からだと、池袋から15分である。
駅はだんぜん、私が降りる南口の方が盛り上がっている。
パチンコ店が駅前の噴水を四方から囲み、
モスバーガーチェーンの1号店があるのも自慢である。
北口の方にはかなり歩くと、
東京大仏という日本で3番目に大きな大仏もあります。
あっそうそう、湖池屋のポテトチップの工場も北口の方にあるのです。

成増と和光市の間・・・この間には大きな滝があり、成増の人間は近寄らない。

和光市・・・この駅より埼玉県になってしまう。



等、石橋さんは本の中で語られています。

「天狗のホルマリン漬け」には
他にも多くの成増・東上線沿線の思い出話、エピソードが掲載されていますが、
全てをここでは記載出来ませんので一部を引用し紹介させて頂きました。

天狗のホルマリン漬け(集英社)
amazon.co.jp


石橋さんは1999年4月〜9月および2000年4月〜9月の期間に放送された
『第4学区』では、同じ「第四学区(※)」の北区滝野川出身のアナウンサー
古館伊知郎さんと東上線トークや成増トークを繰り広げました。


(※ 第四学区=かつての都立高等学校の学区分の一つ。
文京区、豊島区、北区、板橋区が第四学区だった。
2003年に都立高等学校の学区分は撤廃された。)

古館さんは小学校は北区立滝野川第二小学校、
中学校は千代田区立今川中学校(現:神田一橋中学校)、
高校は立教高等学校(現:立教新座高等学校)、
大学は立教大学経済学部経営学科卒業という経歴で
北区の滝野川は板橋区板橋のすぐ隣という事もあり、
そして立教高等学校は東上線の志木、立教大学は池袋にあった為、
成増出身の石橋さんとは子供時代から青少年時代にかけての
地理的な環境が似通っている部分も多く、
番組では非常に「東上線ローカル」「板橋区・北区ローカル」な話が展開され、
当時話題となりました。

(以下、TV番組『第4学区』より一部引用)



〜「成増 お好み焼き屋「栞(しおり)」」〜

〜板橋区成増のお好み焼き屋「栞」にて

石橋   :「今回は、あえて僕のホームグラウンドである成増。」

古館   :「成増。しかも貴明の同級生がやってるお好み焼きの「栞」。」

(「栞」は現在は閉店しています。)

『第4学区』動画 【成増編1】【成増編2】【成増編3




〜「滝野川 「亀の子たわし」」〜

〜北区滝野川の「亀の子束子西尾商店」本社にて

石橋   :「次のロケ先どうしましょうかねぇ。」

古館   :「ロケ先ねぇ。」

石橋   :「志村の坂上坂下あたり行きましょうか。」

古館   :「ああ、いいじゃない。」

石橋   :「板橋区体育館の辺とか。」

古館   :「おお。」

石橋   :「僕は坂下に居たんですから。
板橋区体育館が出来る前の空き地知ってるんですから。
あそこで僕は、『柔道一直線』のロケをやってるのを見て(笑)、
初めてテレビに出ている芸能人というのを目の前で見たんですから。
それが、あの桜木健一さんだったんですから。
で、桜木健一さんにサインを貰って、すっごい喜んで
「はーい、君達桜木健一さんにサイン貰ったら客席の方行って拍手して」って
言われて、全国中学生(柔道)大会の会場になってる場所で拍手とか
「頑張れ、一条」(立ち上がって万歳のポーズをしながら)とか言って。
それで僕はエキストラとして出たんですから。」

古館   :「じゃあ、桜木健一にサイン貰ってなかったら、
今の貴明はないんだ。」

石橋   :「ないですね(笑)。」

古館   :「そこが貴明の芸能人としての始まりだよ。じゃあ志村坂下行こう。」

石橋   :「坂下ですね。」

古館   :「志村坂下に何があるのか。」

石橋   :「小豆沢がある。」

古館   :「小さい豆の沢と書いて小豆沢よ。」

石橋   :「じゃあ小豆沢に行きましょう。」

古館   :「でも、志村坂上の方がメジャーだよ。」

石橋   :「坂上には何せ凸版印刷がありますからね。」

古館   :「あ、凸版印刷があるな。」

石橋   :「ありますよ、凸版印刷。坂下坂上、あの辺ね。
小豆沢近辺いいですよ。すぐ近くに蕎麦屋が在って、
蕎麦屋さんの所から大王子虎男(だいおうじとらお)が出て来たんですよ。」

古館   :「誰?それ?」

石橋   :「大王子虎男っていうのは
『柔道一直線』の桜木健一のライバルだった男。
黒い柔道着を着て、蕎麦屋から出て来たんです。」

『第4学区』動画 【滝野川編1】【滝野川編2




〜「西麻布 「さくら」」〜

〜港区西麻布の和風創作居酒屋「さくら」にて

石橋   :「俺、今でも思い出すんですけどね(笑)、
今でこそ所得番付1位だとか何だとか言ってますけど、
僕はすっごい貧乏な子だったんですよ。
これ本当、石橋貴明の生い立ちを赤裸々に語りますよ。
僕が小学2年生の時に親父が工場を潰したんですよ。
その前までは、下が工場で上が住まい。
だから工場ぐらいのスペースが有る所に住んでたから、
2階の部屋は凄く広かったんです。で、物凄くイイ生活をしてたんです。
ところが、ある日の夜中にヒューッて引っ越しをしたんですよ。
何で夜中に引っ越しすんのかなあと思ったんですけどね。
で、物凄く広い家だったのに、ある日から四畳半一間になったんですよ。
親子4人で四畳半一間。
で、冷蔵庫が無かったんですよ。冷蔵庫なんか持っていけない訳ですよ。」

古館   :「それはそうだ。」

石橋   :「夜逃げだから。で、夏とかカルピスが飲めないんですよ。
氷が無いから。」

古館   :「冷蔵庫無いし。」

石橋   :「だから、あの当時どうやってお袋は飯を作ってたんでしょうね。
で、2年間位そういう生活をしてましてね、4年生ぐらいになって、
やっと6畳と3畳ぐらいのアパートに引っ越したんですよ。
でも、当然まだ風呂場無いんですよ。
で、何年か過ぎて行って、兄貴が結婚して居なくなって、
親父とお袋と俺の3人の生活になったんですけど、
オナニーをする場所が無いんですね。
これが(と、箸を持ってテーブルを叩く)。」

古館   :「オナニー的には環境劣悪だった訳だ。」

石橋   :「最悪の状態ですね。思春期の僕にとっては・・・」

石橋   :「でも、その自分の部屋が無い為に、
僕はいつも家のすぐ近くの製薬会社の倉庫の隅
エロ本を持って入って、そこでガーッて。」

古館   :「製薬会社!?」

石橋   :「製薬会社の小っちゃい倉庫の間にスペースが有るんですよ。
そこにエロ本を貯めてたの。今でも「エロトピア」は有るって言いますからね。」

古館   :「いいよなあ、やっぱり。
アダルトビデオが普通になっちゃうと、駄目だよ。」

石橋   :「駄目ですよ。」




〜「大山商店街 「松屋甘味店」」〜

〜板橋区大山の「松屋甘味店」にて

石橋   :「今回はここ、大山商店街。」

古館   :「馴染みあるの、ここ?」

石橋   :「映画館が在りましたね、駅のすぐそばに。」

古館   :「大山東映とか、昔在ったけど。」

石橋   :「ええ、そこに映画観る為に降りた位で、後は・・・」

古館   :「池袋、北池袋、下板橋、大山、中板橋・・・
俺ね、池袋からの順番で言わないと言えないんだけど、
昔、お祖父ちゃんが住んでたね。」

石橋   :「大山にですか?」

古館   :「だから幼稚園位の時には、何回かこの辺りに来た記憶有る。
だけど、こんな風にアーケードになってるなんていうのはさあ、
全然、知らなかった。でも、このアーケード、凄いんだって?」

石橋   :「何か、日本一長いとか・・・」

古館   :「俺、几帳面に資料持ってきたんだけど
(と、おもむろに歌詞カードをポケットから出す)。
まずね、この大山商店街に行く前にね「花板橋」っていう歌が有るんだよ。
舟木さんっていう人(舟木一夫とは別人)が作詞作曲で、
上野さゆりさんが歌ってるんですけどね、
「ああ、ああ、ああ、春の板橋明るいところ
ああ、ああ、ああ、夏の板橋輝くところ・・・」」

石橋   :「はぁ〜!?」

古館   :「これちゃんと、キングレコードより発売中だよ。」

石橋   :「キングレコード、へぇ〜。」

古館   :「で、「ハッピーロード大山」。同じく上野さゆりが歌ってます(笑)。」

石橋   :「上野さゆりさん、この辺の人なんですかねぇ。」

古館   :「多分そうでしょうね。だって
皆さん誰でも知っている、ハッピーロード大山は、買い物便利なアーケード、
ハローカードの商店街、ハッピーロード大山、大山

ですよ。凄いよ。これ。10番まであるもん。
だから相当有名なアーケードに来たって事だよ。」

石橋   :「でもねえ、古館さん。この「ハッピーロード大山」の歌って
1番から10番までありますけど、1番が
「皆さん誰でも知っている、ハッピーロード大山は、買い物便利なアーケード」
でしょ。
で、2番は「何でも揃うアーケード」、3番は「手軽で安いアーケード」・・・って。」

古館   :「全部同じだ。」

石橋   :「同じですよ。」

古館   :「4番のここがいいじゃない。「雨にも強いアーケード」。」

石橋   :「5番、「一生付き合うアーケード」。」

古館   :「ハハハハハ・・・強制するなって。「女性が元気な・・・」。」

石橋   :「・・・「アーケード」。」




〜板橋区大山の「松屋甘味店」にて

石橋   :「俺ねえ、昔ねえ。俺は次男坊じゃないですか。
だけど、兄貴はやっぱり長男だから、写真がいっぱい有るんですよ。
例えば初節句とか七五三とかね。」

古館   :「ああ。」

石橋   :「で、七五三の写真なんて、
どう考えてもどこかの写真館で撮って貰った様な、
お袋椅子に座ってる、兄貴が飴持って横に立っている、っていう。」

古館   :「千歳飴ね。」

石橋   :「ところが、俺の写真はそういうのが1枚も無いの。
で、何で無いんだろうと思って、
ある日、小学校1年生とか2年生位の時だったと思うんですけど、
お袋に聞いたんですよ。「何で兄貴のは有って、俺の写真は無いんだ」って。
そしたらお袋が「水害に遭った」って言うの。
確かにね、1回あったらしいんですよ。」

古館   :「水害が(笑)。」

石橋   :「台風か何かで水かさが増して、
板橋区の方の何とか川が氾濫して、で、水害に遭って、
それで貴明のそういう写真は無くなっちゃったんだって言うから、
「ああ、そうなんだ」と思ってたんです。
でも大人になってある時フッて考えたら、
水害に遭ったんなら、何で兄貴の写真は残ってるんだと(笑)。」

古館   :「何で俺のだけは流れるんだと。」

石橋   :「俺のだけ流れていく訳ねえだろって。
箱の中にアルバムがキッチリ入ってて、取れない様にちゃんとしてあるのに、
俺の写真だけピョンピョン剥がれて、水害でワッと流れて、
どんぶらこどんぶらこ・・・と。」




〜「成増 「成増小学校」」〜

〜板橋区成増にある石橋さんの母校「板橋区立成増小学校」にて

石橋   :「僕ね、一回ね、30(歳)位かな、すっごい落ち込んで。
何か、やる気が無くなっちゃった時があったんですよ。30代前半にね。」

石橋   :「で、何気無く来たんですよ。
ココ(自分が家族と暮らしていた成増のアパート)に。」

石橋   :「で、アパートなんですけど、僕が(家族と住んでいたのが)
2号室だったんですよね。
あ〜俺は、それこそそこに小学校4年生から18(歳)で帝京卒業してからも
しばらく居ましたから。」

石橋   :「約、そうですね8年間位そこに居たんですよね、
(成増のアパートの)2号室に。」

石橋   :「で、パッと(アパートの前に立って)「ココだったなあ」と。
ああ、その、「アパートの前の道ってもう少し広かったんじゃねえかな」、とか
思いながら、それこそ、この、物凄く、この、机(成増小学校の教室の机)を
見るように、
「あれ?こんなに細い道だったの?って。道路幅広くなかったっけな?」って。」

石橋   :「ああ良くココ(成増の自宅アパート前の道路)でバット振ったな
って。ココで兄貴とかに教えてもらってバット振ってたなって。小学校の時。」

石橋   :「「ああ、このまんま(当時のまま)だな」って思って。」

石橋   :「で、フッと見たら、(アパートの)1号室と3号室、つまりウチの
両サイド、(自分が暮らしていた時と)同じ人なんですよ。」

古館   :「うわ、長いじゃない。」

石橋   :「うん。ね、僕が(成増で暮らしていたアパートを見に行ったのが)
31、2(歳)かな、だから19(歳)位から僕がそのアパートを出たんで。
もうそれから10何年。同じ表札。」

石橋   :「で、「ああ〜」って。で、まさかトントンとドアを叩く訳にもいかないし。」

古館   :「で、ドア開けて「同じなんですね」って言ったって、「うるせえ」って
言われるよなあ。ほっといてくれって(笑)。」

石橋   :「ええ(笑)。」

石橋   :「で、何かねえ、(右手の手のひらを左胸にあてながら)凄くこう、
「ク〜ッ」と来ましたよ。」

石橋   :「何か、自分はこう、成増を後にして、ね、別にそこに(一戸建ての)家があった訳でも無かったし、あれなんだけども、「ああ親父とお袋もココ(成増
のアパート)で、兄貴も居て、生活してたな」って。そっから自分は出てって。で、
いっぱしにこの芸能界で才能も無かったのに何かたまたま当たっちゃったよう
に、宝くじが当たったようにこの芸能界で売れて。」

古館   :「何て事言うの貴明。何そんな急にへりくだって。
貴明じゃねえんじゃねえの今日(笑)。
才能も無かったのに?おかしいよ(笑)。才能があるから運を引き寄せて、
運も才能の内だよ。」

石橋   :「ほいで、ね、その、自分がスッとやる気が無くなっちゃった時が
(31、2歳の時に)あった訳ですよ。」

石橋   :「でも、何か、俺はでも、この(自分が家族と暮らしていた成増の
アパートの部屋の広さが)6畳と3畳なんですよ。
風呂も無いんですよ。近くの銭湯に行かなきゃいけない、「亀の湯」っていう。」

石橋   :「「亀の湯」に行かないとお風呂に入れない、そこのトコから、
いっぱしにマンションだなんてトコに住めるようになって、風呂もいつでも
入れるような生活になって、(古館:「人気者になって」)(人気者に)なって、
金も凄く貰えるようになって、それがちょっとした所で落ち込んで、「ううっ」って
そこ(自分が家族と暮らしていた成増のアパート)に帰ってきてバッて見たら、
まだそこに(自分が住んでいた時と同じ人が)住んでる人が居ると。」

古館   :「「(自分が家族と暮らしていた成増のアパートの両サイドの部屋に)
同じ人が住んでる」って。」

石橋   :「うん。ってまあそう言っちゃなんですけども、自分はその6畳と3畳の生活よりかは自分は少しグレードアップした訳じゃないですか。
「何をめげてるんだ」と。」

石橋   :「「頑張らにゃいかんぞ」と。「こっからスタートじゃねえか」、と
思った時がね、その32(歳)位の時にね、あったんですよ。
そこ(自分が家族と暮らしていた成増のアパート)の(前に帰ってきて感じた事
が)。」

石橋   :「今どうなんだろうなあ、別にそこで生活をしている人が駄目だって
いう事じゃないですよ。でも何かね、妙にね、あんまりだからね、
ある種懐かしい思いと、ある種帰って来たくない、って思いがあるんですよ。」

古館   :「あと切ない思いとか、そういう色々な思いが複雑に入り混じって。」

石橋   :「うん。(「ク〜ッ」と)来ましたよ。それは。」

石橋   :「何だろう、別に成増に帰ったからって、ね、別に父親の墓がある訳
でも無いし、母親が今そこに住んでる訳でも無いんだから、
答えなんか見つからないと思うんですよ。」

石橋   :「後にも先にもね、一回だけなんですよ。夜中にね、急に
「成増に帰ろう」って思ったのが。」

石橋   :「でもね何かね、(成増に)帰って、その、ああ、自分がここで育った
この場所(成増)で、また同じ何年間か経った自分の目線で物を見る、って
何かね、良いんですよね。」

『第4学区』動画 【成増小学校編1】【成増小学校編2


第4学区
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- 『第4学区』 動画 -

『第4学区 池袋編』


『第4学区 和光市レインボーモータースクール編 3-1』


『第4学区 和光市レインボーモータースクール編 3-2』


『第4学区 和光市レインボーモータースクール編 3-3』


『第4学区 朝霞編 1-2』


『第4学区 朝霞編 2-2』


『第4学区 滝野川 亀の子たわし西尾商店』


『第4学区 プロレス中継』(音声のみ)


『第4学区』動画
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六本木編3
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由布院編1
由布院編2
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『オシャレ30_30 - 2_5』


『オシャレ30_30 - 3_5』


『オシャレ30_30 - 4_5』


『オシャレ30_30 - 5_5』



石橋さんは帝京高校の2年生だった1978年、
膝の怪我で成増の安田病院に入院した経験があり、
当時17歳で高校2年生だった石橋さんは病院の病室で同部屋だった
8歳の少年にトランプのポーカーなどの色々な遊びを教えた事が
あったそうです。
このエピソードについては、
『みなさんのおかげでした』の「クイズ!とんねるずにもう一度逢いたい人」の
コーナーに当時8歳だった少年のご本人が登場し、思い出を石橋さんと
語り合っていました。

『2010年9月9日 とんねるずのみなさんのおかげでした
クイズ! とんねるずにもう一度逢いたい人』
(石橋さんに逢いたい人のくだりは13:24頃から。)



こちらの動画は、
石橋さんが成増小学校と赤塚第二中学校で同級生だった女の子の家に
お誕生日会に呼ばれた時のエピソードです。

『2010年12月9日 とんねるずのみなさんのおかげでした
クイズ! とんねるずにもう一度逢いたい人』



posted by pokochi444 at 05:10 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする