2007年10月07日

高坂出身・ゆかりのある芸能・有名人

現在情報は寄せられていません。m(_ _)m


posted by pokochi444 at 05:31 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北坂戸出身・ゆかりのある芸能・有名人

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posted by pokochi444 at 05:30 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

坂戸出身・ゆかりのある芸能・有名人

・堀口文宏:(あさりど)

お笑いコンビ「あさりど」の堀口文宏さんは坂戸出身です。

1974年埼玉県坂戸市生まれ。

私立武蔵越生高等学校卒業。

ご実家は坂戸のガラス店。

以前ご自身のHP(あさりどWEB)では、地元坂戸で営業をした時の
甥っ子さんとのやりとりなどについて語っていらっしゃいました。




・堀込高樹・堀込泰行:(キリンジ)

兄弟ポップバンドとして活躍した
(弟の泰行さんは2013年4月をもってキリンジを脱退。)
バンド「キリンジ」の堀込高樹さん堀込泰行さん兄弟は坂戸出身です。

堀込高樹さんが1969年生まれ。堀込泰行さんが1972年生まれ。

キリンジの曲「冠水橋」は、堀込さん兄弟の地元坂戸市にある冠水橋
(かんすいきょう:大雨で川が増水すると水没し、通行不能になってしまう橋)
の事を唄った曲です。

「冠水橋」


坂戸市の冠水橋は島田橋赤尾落合橋八幡橋の3つの橋が有名です。

「島田橋」


(参照URL)
(越辺川の冠水橋)
http://www.geocities.jp/fukadasoft/bridges/oppe/

(ドラマのロケ地で有名な島田橋)
http://saitamano.blogspot.jp/2011/12/blog-post_19.html

(夏の冠水橋探訪記)
http://togetter.com/li/498226




・初芝清

元プロ野球選手で現在は野球解説者の初芝清さんは坂戸出身です。

1967年生まれ。

初芝さんは東京都豊島区出身ですが、
小学校4年生の時に坂戸に越されて来たそうです。
野球を始めたのも坂戸に越して来た小学4年生の時から始めたとのこと。

初芝さんは1989年にドラフト4位でロッテオリオンズ
(現在の千葉ロッテマリーンズ)に入団後、
以降2005年までの17年間の現役生活をロッテ一筋で貫き、
平成のミスター・ロッテまたはミスター・マリーンズと呼ばれています。




・阿部定(あべ さだ)

「阿部定事件」
(性交中に男性の首を絞めて殺した後、男性器を切り取った事件)で有名な
阿部定さんは、姉の嫁ぎ先だった坂戸で一時期暮らしていた事がありました。

阿部定さんのお生まれは
東京市神田区新銀町(現在の東京都千代田区神田多町)。
坂戸で暮らしていたのは16、17歳の頃。
1921年(大正10年)と1922年(大正11年)の2年間程。
坂戸で暮らしている時には川越の旅館で男と逢引するなどして
親に連れ戻される事もあったと言います。

その後1923年(大正13年)頃に横浜の芸者になった為坂戸を離れ、
芸妓・娼妓となり全国を点々とした後、1936年(昭和11年)に、
東京市荒川区尾久(現在の東京都荒川区東尾久・西尾久)の待合で
「阿部定事件」を起こしています。


posted by pokochi444 at 05:29 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

若葉出身・ゆかりのある芸能・有名人

・菅野美穂

女優の菅野美穂さんは若葉出身です。

1977年神奈川県伊勢原市生まれ。

坂戸市立南小学校、
坂戸市立千代田中学校卒業。
高校は私立淑徳与野高等学校を卒業。
淑徳大学国際コミュニケーション学部中退。

お生まれは神奈川県伊勢原市ですが、お生まれになった後すぐに
埼玉県坂戸市へ転居されたそうです。

小学校時代菅野さんは眼鏡っ子だったらしく、
当時の同級生いわく、「モテるタイプではなかった」とのこと。

kannomiho1.jpeg

(上:坂戸市立南小学校時代の菅野さん。)

菅野さんは以前TV番組で、
高校時代は毎日、学校帰りに若葉駅に付設している書店に立ち寄っていた、
と話していました。

現在も、地元若葉に帰った際には地元の友達とマクドナルドに行くなど
してらっしゃるそうです。

何年か前までは、自分が若葉出身である事を菅野さん自身が
メディアの前で話す事は殆ど無かったのですが、(“川越の方”と言っていた)
最近では、「若葉出身です」「東武東上線沿線出身です」、と
はっきり話しているのをTV番組等でよく見かけます。
以前、番組内で同じ東上線沿線成増出身のとんねるずの石橋貴明さんに
菅野さんの方から東上線出身者同士という事で話しかけたり
同じ東上線沿線志木出身のインパルスの板倉俊之さんに番組内で
話しかけられた時には、菅野さんははっきりと自分が東上線沿線出身である
という事を答えられていました。




・桜井幸子

TVドラマ『高校教師』で人気を博し現在も活躍中の女優、桜井幸子さんは
幼少時代の一時期、幼稚園年長〜小学校1年生の約2年間を
若葉で過ごされたそうです。

坂戸市立上谷小学校に1年通っていらしたとのこと。

ご出身は千葉県松戸市。


posted by pokochi444 at 05:28 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鶴ヶ島出身・ゆかりのある芸能・有名人

・櫻井淳子(さくらい あつこ)

TVドラマ『ショムニ』や『板橋マダムス』などで有名な、
女優の櫻井淳子さんは鶴ヶ島出身です。

1973年埼玉県入間郡鶴ヶ島町(現:鶴ヶ島市)生まれ。

鶴ヶ島市立鶴ヶ島第二小学校、
鶴ヶ島市立藤中学校卒業。

高校は川越商業高等学校(現:川越市立川越高等学校)を卒業。

お父様は鹿児島県出身とのこと。

2013年には『秘密のケンミンSHOW』に埼玉県出身芸能人として出演し、

「私は鶴ヶ島市出身なんですけど地元の鶴ヶ島に帰った時は、
隣町の川越にある菓子屋横丁に必ず行きます。」

と話されていました。

sakuraiatsuko1.JPG

『2013年8月8日 秘密のケンミンSHOW』
(櫻井さんの自己紹介は0:25頃から。)





・たがわ靖之(たがわ やすゆき)

マンガ「包丁無宿」「パチンカー血風録」等の作品で有名な、
漫画家の故・たがわ靖之さんは鶴ヶ島に住まわれていました。

たがわさんは御自身の作品の中では埼玉県の、
特に地元に馴染みのある地名を登場人物の名前に充てがったりしていました。

葬儀は鶴ヶ島の善能寺で執り行われたそうです。




・リトル清原

ものまね芸人のリトル清原さんは鶴ヶ島出身です。

1971年生まれ。

鶴ヶ島市立鶴ヶ島第二小学校、
鶴ヶ島市立藤中学校卒業。

鶴ヶ島第二小学校では鶴二少年野球クラブに、
藤中学校では卓球部に所属していたそうです。

高校は埼玉県立川越西高等学校、
大学は東京電機大学を卒業。

リトル清原さんは元プロ野球選手の清原和博さんのそっくりさんとして
活動されています。

顔だけ見ると見分けがつかない程似ていると言われ、
見分け方はリトル清原さんの身長
(実際の清原さんの身長が188cmなのに対し、リトル清原さんは168cm)で
見分けるとよいとのこと。

リトルさんは現在、鶴ヶ島市と鶴ヶ島市の学童保育の会が協働して
2009年から開催しているお笑い芸人の勝ち抜きイベント「G-1グランプリ」の
特別審査員を務められています。


posted by pokochi444 at 05:27 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霞ヶ関出身・ゆかりのある芸能・有名人

・佐藤愛子(元「ribbon」メンバー)

アイドルグループ「ribbon」の元メンバー、佐藤愛子さんは霞ヶ関出身です。

1973年生まれ。

川越市立霞ヶ関中学校卒業。
高校は埼玉県立大井高等学校を卒業。

芸能界引退後、現在はご結婚されイギリスに在住とのことです。


posted by pokochi444 at 05:25 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川越市出身・ゆかりのある芸能・有名人

・速水けんたろう

NHK教育テレビ『おかあさんといっしょ』の8代目「歌のお兄さん」を務め、
そして17代目「歌のお姉さん」だった茂森あゆみさんと共に
1998年のヒット曲「だんご3兄弟」を歌った歌手の速水けんたろうさんは
川越市にお住まいです。

川越市郭町にお住まいとのこと。

ご出身は広島県。


posted by pokochi444 at 05:24 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川越出身・ゆかりのある芸能・有名人

・市村正親(いちむら まさちか)

実力派の舞台俳優として知られる、俳優の市村正親さんは川越出身です。

1949年埼玉県川越市生まれ。

川越市立川越第二小学校(現:川越市立川越小学校)、
川越市立初雁中学校、
川越市立川越商業高等学校(現:川越市立川越高等学校)卒業。

ご実家は川越で居酒屋を営まれていたそうです。

市村さんは子供の頃、お母様が経営されていた居酒屋の近くにある
川越スカラ座によく出入りをしていたとのこと。

市村さんは川越スカラ座で映画を見るのは勿論、子供時代は、
遅くまで働くご両親を待っていた為に仮眠場所としても利用していた、と
川越スカラ座が運営する特定非営利活動法人のインタビューにて
語っていらっしゃいました。


市村さんは2012年11月に放送された『火曜サプライズ』では、
市村さんがご自身で歩いて地元川越を紹介されていました。
番組内では、

甘味処の冨士屋商店、

2012年2月に87歳で亡くなられた市村さんのお母様が懇意にしていた
やきそばのみどりや、

市村さんの高校時代の同級生の方が営まれている肉の吉田、

市村さんの亡くなられたお父様と懇意にしていたレストランのすき亭吉寅、

現在は更地になっているかつて市村さんのお母様がご自身で営まれていた
居酒屋「いっちゃん」の跡地、

その居酒屋「いっちゃん」の目の前にあるレストランのモダン亭太陽軒、

市村さんが子供の頃によく出入りをしていた映画館の川越スカラ座、

などを訪れていました。

『2012年11月27日 火曜サプライズ』


また、市村さんが2014年に出演されたテレビ番組では、
ご自身の出身地である川越で市村さんのお母様が営まれていた
居酒屋「いっちゃん」でのお客さんとお母様とのかつての触れ合いの様子に
ついて話されたり、

「幼稚園や小学校低学年の頃に、「川越まつり」で山車の上で踊って母から
10円お小遣いを貰ったりとかね。
だからその(舞台の上に)上がって、踊って、なんぼ貰える、とかね、
そこがまた(舞台と同じ)板の上だったから、(それがきっかけになって)
舞台役者になったのかな、って。
まあ、今(話を)くっつけたんだけどね。(笑)」

等、話されていました。

『2014年6月29日 ワンダフルライフ 市村正親
(市村さんが川越やお母様の事について話されている部分のみ。)』
(市村さんが川越やお母様の事について話されている箇所は1:43頃から。)



市村さんは2014年に『徹子の部屋』に出演された時には黒柳徹子さんへの
お土産として、川越にある明治19年創業の老舗芋菓子店 芋十の
芋十せんべい、芋十まつば、芋十唐などを手渡し、
番組内で黒柳さんと一緒に食べていらっしゃいました。
黒柳さんは芋十のお菓子を見て「これ美味しいわよ絶対。」、
芋十のお菓子を食べて
「うーん美味しい!ねえ、川越はお芋が美味しいって聞いてましたけど、
やっぱりお芋が美味しいのね。」
と感想を述べられていました。

rakuten.co.jp


<略歴>
舞台芸術学院卒業後、西村晃の付き人を経て、
1973年に劇団四季の「イエス・キリスト=スーパースター」でデビュー。 
以後、ミュージカル、ストリートプレイ、一人芝居など様々な舞台に出演。
2005年12月8日、24歳年下のタレント篠原涼子と結婚。




・宮脇俊三

「鉄道紀行」という新しい文学のジャンルを開拓した事で著名な、
作家の故・宮脇俊三さんは川越出身です。

1926年埼玉県川越市生まれ。

宮脇さんと川越についてはこちらのブログで非常に詳しく解説されています。

(参照URL)
http://blogs.yahoo.co.jp/maki57562000/29722941.html




・樋口久子

日本の女子プロゴルフ界の第一人者として有名な元女子プロゴルファー、
樋口久子さんは川越出身です。

1945年埼玉県川越市生まれ。

2003年に日本人ゴルファー初の世界ゴルフ殿堂入りを果たした樋口さん。

樋口さんがゴルフを始めたきっかけは、樋口さんが都内の高校に進学し、
世田谷区砧のゴルフ場に勤めていた東京在住の姉の元から
高校へ通学していた当時、
休日に姉が勤める砧のゴルフ場で遊びでゴルフをするようになったのが
きっかけとのこと。

日本女子体育大学附属二階堂高等学校卒。

樋口さんのプロゴルファー人生は、高校卒業間近になった頃に姉から
「まだ若いんだからゴルフをやってみたら。」と言われ、
プロゴルファーを目指して練習をしていたところ、
砧のゴルフ場にヘッドプロとして在籍していた中村寅吉プロに出会い、
中村プロから
「おい、お前プロゴルファーになったら
俺の所(中村プロが社長を務めていた川越カントリークラブ)へ来い。」
と声をかけて貰った事から始まったそうです。

そして川越の実家から川越カントリークラブへ通い、
川越カントリークラブ練習場スタッフとして勤務する傍ら、
師匠である中村寅吉プロの元でプロ選手としての下積みを積んでゆき、
1967年に第1期女子プロテストに合格。
ここから、後に通算優勝回数72回(日本歴代女子最多)の偉業、
そして日本人として初の世界ゴルフ殿堂入りを果たす
樋口さんのキャリアがスタートしました。




・澁澤龍彦

「唐草物語」「高丘親王航海記」等で著名な、
小説家の故・澁澤龍彦さんは幼少期に川越に住まわれていました。

渋澤さんのお生まれは東京の高輪ですが、
産まれて間もなく母節子さんの出身地で、また、父武さん
(武州銀行川越支店副店長:当時)の勤務地でもあった川越に転居され、
4歳で東京滝野川に移るまでの間を川越で過ごされたそうです。




・朝川ひろこ

「魔法使いサリー(新)」の主題歌や「美少女戦士セーラームーンS」などの
主題歌を歌われていた歌手の朝川ひろこさんは川越出身です。

1965年生まれ。

朝川さんは他にも

「キン肉マン キン肉星王位争奪戦編」挿入歌
「激走戦隊カーレンジャー」挿入歌
「電磁戦隊メガレンジャー」エンディングテーマ
「星獣戦隊ギンガマン」挿入歌
「未来戦隊タイムレンジャー」挿入歌
「星のカービィ」テーマソング

等、多数のアニメソングを歌われています。

(情報提供 maki57562000さん ありがとうございました)




・田中卓志:(アンガールズ)

お笑いコンビ「アンガールズ」の田中卓志さんは2000年に広島から
東京に出て来て、初めて暮らしたのが川越だったそうです。
田中さんご本人が以前NHKのラジオ番組の中で話されていました。

田中さんは2014年にテレビ番組の『有吉くんの正直さんぽ』で
久しぶりに川越を訪れていました。
田中さんは番組の中で、

「東京に来て初めて暮らしたのが川越だったんです。」

「上京じゃなくて「上埼」ですね。」

「川越に居た当時はお金が無くて、ほとんど川越で外食をする事が
出来なかったんです。」

と話されていました。

『2014年5月3日 有吉くんの正直さんぽ 川越 (田中さんの出演部分のみ)』
(田中さんの出演部分は5:55頃から。)





・渡辺健二:(スネオヘアー)

ミュージシャンの「スネオヘアー」として、
そして女優のともさかりえさんの夫でもある歌手の渡辺健二さんは
大学進学時に新潟から上京し、川越に住まわれていました。

新潟県長岡市出身。
聖学院大学人文学科卒業。

大学時代を川越で過ごしたスネオヘアーさんの曲には、
「Over the River」
(そのまま“川越”の意)
など、川越での暮らしや川越の風景を歌った曲が複数あります。

「Over the River」





・津久井教生(つくい きょうせい)

NHK教育テレビの子供向け番組
『あつまれ!わんパーク』『ニャンちゅうといっしょ』、
現在は『ニャンちゅうワールド放送局』にてメインキャラクターの
“ニャンちゅう”の声を担当されている声優の津久井教生さんは
川越に住まわれています。

ご出身は東京都。

津久井さんは現在、ご自身のツイッターやブログに川越での日常を
定期的に書き記され、川越関連の風景の画像も頻繁にupされています。


posted by pokochi444 at 05:23 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新河岸出身・ゆかりのある芸能・有名人

・原千晶

1995年のクラリオンガール、そして現在は味のある脇役を演じる女優として
評価が高まっている、女優の原千晶さんは新河岸に一時期
住まわれていました。

1974年北海道帯広市生まれ。

お父様の転勤の関係で日本各地を転々と引越しをした後、
1987年に川越市新河岸に転居。

川越市立高階西中学校卒業。

高階西中学校では剣道部に所属。

中学校卒業後の1990年に、お父様の転勤により千葉県浦安市に転居。

以前、TBS系列『ウンナンのホントコ!』というTV番組で
原さんが中学校の同窓会を開くという企画があり、
その時の集合場所は新河岸駅でした。
同窓会は新河岸に在る割烹料理店で開かれていました。


posted by pokochi444 at 05:22 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上福岡出身・ゆかりのある芸能・有名人

・太田光

お笑いコンビ「爆笑問題」の太田光さんは上福岡出身です。


1965年埼玉県上福岡市(現:ふじみ野市)生まれ。


1972年 双葉幼稚園卒園。
1972年 上福岡市立第二小学校(現:ふじみ野市立上野台小学校)入学。
1975年 上福岡市立第六小学校(現:ふじみ野市立元福小学校)転入。
1977年度卒業。
1978年 上福岡市立第二中学校(現:ふじみ野市立葦原中学校)入学。
1980年度卒業。
1981年 大東文化大学第一高等学校入学。1983年度卒業。
1984年 日本大学芸術学部演劇学科入学。
1986年 日本大学芸術学部演劇学科除籍。


太田さんご自身もTVなどで頻繁に上福岡の事を話していらっしゃいます。
特に有名なのが「上福岡のおばた玩具店」というフレーズで、
おもちゃなどに関係する話の時によく出て来ます。

上福岡出身の太田さんは少年時代、映画を観に行く映画館と言えば
川越の映画館が定番で、

「子供の時に川越のホームラン劇場にルパン三世の映画を観に行った。」

とTV番組で語られていました。

他にも、爆笑問題の番組や太田さんの著書の中で


上福岡の西友の屋上には、面白いゲーム機があるよ〜。」


「小学生の時、森林公園へ友人数人と行った時に、
色々買ってお金を使ってたら全員が帰れるだけの帰りの電車代が
足りなくなって、1人(友人を)マイて逃げた。


「「東京ウォーカー」みたいに、
埼玉ウォーカー」なんて創刊しないんですかね?」


「かつては
川越街道の白い稲妻と言われたバイク乗りだった。」


「大災害で新河岸川が氾濫したら、困りますねぇ。」


(TV番組『キズナ食堂』の中で同じ上福岡出身の新田恵利に)

「新田ちゃんもそうですけどね、我々はもう何しろ東武東上線を使って、
頑張って原宿とかそういう場所に行く訳ですよ。
もうね、我々は池袋に出た瞬間体が緊張しますから(笑)。
原宿に着いた時はもう吐いちゃってます(笑)。」


(ラジオ番組『爆笑問題の日曜サンデー』内で東上線出身のリスナーに)

「(私と)東上線出身者はもう運命共同体ですから。」


(CS放送フジテレビ『空飛ぶ!爆チュー問題クリスマスライブ2006』の
コントにて)
(爆チュー問題のぴかり(太田)とたなチュー(田中)の部屋に有る宇宙船を
発進させるという設定)

ぴかり(太田):「ドアが〜閉まります。」
たなチュー(田中):「ずいぶん電車チックだな。」
ぴかり(太田):「閉まるドア〜にご注意ください。発車〜いたします。
次は〜下赤塚。」
たなチュー(田中):「なんで下赤塚なんだよ(笑)。」


(『お願い!ランキングGOLD 第1回ハンバーガー総選挙 2時間スペシャル』
にて)
(成増に1号店が在るモスバーガーについて)

「俺、あの、東武東上線の出身なんで、
モスバーガー1号店成増に在るんですよ東武東上線の。
だからとっても親近感を持ってるんです。非常に。」



等、コアな地元・東上線トークをされています。

更に上福岡出身の太田さんのエピソードとして太田さんは大学生時代、
同じ地元出身の新田恵利さんが高校生の時に当時付き合っていた彼氏と
一緒に写っている写真を、埼玉県立福岡高等学校に通っていた
太田さんの友人から見せて貰った事がある、
と以前TV番組で新田さんに話していました。
新田さんとその彼氏が埼玉県立福岡高等学校に在学していたという事で、
太田さんの友人はその写真を持っていたそうです。

『2013年11月18日 ストライクTV (一部のみ)』
(新田さんと彼氏が写っている写真を友人から見せて貰ったという話をする
太田さんは0:20頃から。)



また、太田さんは高校生時代、東京都板橋区に在る大東文化第一高等学校
への通学時は、東上線上福岡駅→成増駅→成増駅北口前発の
国際興業バスの路線バスに乗り高校へ、という通学ルートで
毎日通学されていたそうです。
高校生の時は「高校三年間、友人が一人も居なかった」という太田さんは、
成増駅から大東文化第一高等学校へのバス通学時においては帰宅時にも
まったく寄り道をせずにまっすぐ帰っていたとの事ですが、唯一寄り道を
していたのが当時板橋区の西台に在った家電量販店のロケットで、
ロケットでは太田さんのお父様ほどの年齢の中年男性の店員と仲良くなり、
その店員と様々な話を店内でした事があったそうです。



「川越街道の白い稲妻」と言われた太田さんですが、
大学時代に川越街道の熊野町交差点で大事故を起こした経験があり、
以前『笑っていいとも!』の中で話されていました。
以下がその時のトーク内容です。



太田「学生時代にあの、事故って肋骨4本折った事がある。
それで入院、2週間入院してたんだけど、(見舞いが)2人ぐらいしか
来なかった。」

観客「(笑)」

太田「凄い寂しかった。」

東野「嫌でしょ?来なかったら。」

太田「コイツ学生時代ずっと、コイツ(田中)と待ち合わせして、
その途中でコケて事故。」

東野「え?コケて事故?」

太田「バイク、バイク。」

田中「バイクで事故ったんです。俺は待ってたわけず〜っと。
「何してるんだろう?遅いな〜」って2時間位待って。」

太田「夜中、バイク250ccのね。
街道の白い稲妻って言われてた。」

観客「(笑)」

太田「川越街道だからね。」

田中「それで俺家に電話してウチのお袋に。
「ああ今電話があった、太田くんのお母さんから。
バイクで事故って病院に入院したらしいよ。」」

太田「大変な事故だった。大型長距離。」

田中「長距離?」

観客「(笑)」

田中「長距離かどうか、大型トラック。」

太田「大型トラック。こう車線が(片側)2車線あるでしょ。
で、こっちの右の車線はあれ交差点の手前で右折専用レーンて言ってね、
右折しなきゃいけない。こっちの人は。」

中澤「うん。」

太田「絶対に右折しなきゃなんないんですよ。」

中澤「うん。」

太田「僕は普通に直進レーンで、隣です。
ココに長距離大型トラックが居たわけです。」

田中「長距離かどうか分かんない。」

太田「あれはかなり長距離だと思う。」

田中「それは重要じゃねえんだよ。大型トラックで良いんだから。」

太田「「トラックいるな」と思って。「でもこいつ曲がるんだろう」と思って。
「交差点で曲がるんだろう」と思ってたら、そいつが道間違えたらしくてね。
曲がるんじゃなかったわけ。」

東野「直進やった?」

深澤「直進だった。」

太田「交差点の信号の所で急にフッとこっちに、
“しまった曲がるんじゃ無かった”って入って来た。
その入って来たココに俺が居るわけ。」

東野「大きいから危ないじゃないですか。」

田中「白い稲妻が。」

観客「(笑)」

太田「白い稲妻、街道の白い稲妻。死角に入っちゃってるわけです。
でっかいトラックだから。」

田中「よく有るからね、この事故は。」

太田「俺メットの中から「お〜い!!」」

観客「(笑)」

太田「もう焦りまくって焦りまくって。でも全然聞こえやしないね。
それでもう思いっきりブレーキですよ。
ブレーキ両方前輪後輪思いっきりかけたんだけど、
あのバイクって言うのはね急ブレーキかけるとね、
回転がロックしちゃうんですよ。この要するにタイヤがね。」

東野「だから例えば60キロで急ブレーキかけたら止まるわけだから。」

太田「止まっちゃうんです。」

東野「運転してる方が危ないじゃないですか。」

太田「そうするとね後輪が上がる。そっから記憶が無いんだけど、
後ろ(に居た)の目撃者の証言ってのが有って。どうなったか。
これね、俺、体バーンと飛ばされてバイクはそのまま残って。
飛ばされてそれでこっちにホテルがあったんです。これがね、」

東野「チェックイン。」

観客「(笑)」

太田「こっからねタクシーが出てきた。」

東野「はいはいはい。」

太田「タクシーがちょうど停まってたの。
ホテルの駐車場の入り口の所に停まってた。
そのタクシーのボンネットにガンと体ごと体当たりして。」

深澤「え〜」

太田「で、またはね返る。はね返って空中で一回転して。」

観客「(笑)」

太田「本当ですよ、目撃者が言った。」

東野「タクシーに当たってまたはね返って一回転して。」

太田「で、その(両側で)4車線ある川越街道の一番真ん中の中央分離帯に
ダンと落ちて。」

深澤「え〜」

東野「頭?ここ(腹部)から?」

太田「ここ(脇腹)から多分。多分ね。」

ふかわ「よく肋骨だけで済みましたね。」

太田「もうちょっと向こう行けば対向車線に跳ねられてた。
もう九死に一生を得た。」

東野「(田中さんを指し)その頃。」

田中「何やってるのかな?て待ってたわけ。家帰ったら「わ〜っ」て言って。」

東野「それは完全に気失ってるんですか?」

太田「あのね、そのどういう事故だったか全く憶えてないんだけど、
気が付いた時には道の真ん中で寝てるわけ。」

東野「「痛っ!」ってのは無いんですか?」

太田「多分事故ったっていうのはあって、で取りあえずメット(確認して)。
一番先に心配なのはバイクなんだよね、やっぱり。買ったばっかり。
バイク3年ローンで買った。」

東野「学生の頃のバイクですもんね。」

太田「そうそう。「バイクは?」ってこう見たら、バイクは無傷なのね。
それで変な近所のオジサンが一生懸命運んでった。
「バイク大丈夫なんだ〜」
それでヘルメット取って「俺も大丈夫そうだ」って立とうと思ったら、
あ!
全然息が出来ない。物凄い激痛。」

東野「息すると痛いんですか?」

太田「もうね息が全く出来ない。そのままヨロヨロヨロ。」

田中「肺が圧迫されてるんですね、肋骨折れてねきっとね。」

太田「そう。寝たまま。そしたらね、こう視界に近所のオジサン達が
(のんびりと)大丈夫か?”」

田中「結構周りは呑気な。」

太田「(自分は)全然喋れない。そしたら救急車が来て。」

東野「運ばれた?」

太田「それで、」

田中「救急車来た時も「どっかで事故でもあったのかな?」と思ったらしい。
自分じゃないと思ったの。」

東野「そんな自分が大きい事になってると分からなかった。」

太田「そうそう。それで救急隊に「呼吸が、呼吸が」って言ったら、
救急隊員が“(あっさりと)呼吸が出来ないんでしょ?”」

観客「(笑)」

深澤「(笑)冷静〜」

太田「“肋骨折れてますよ。”って言われて。そのまま運ばれて。」

田中「そう。」

太田「コイツ、コイツと待ち合わせ。」

東野「お見舞い行った?」

田中「そしたらそのまま病院行ったの。」

太田「コイツ来やしない。」

田中「いや、そのまま行ったの病院に。
聞いたから「どこの病院?」て言って「じゃ行く」って言って。慌てて行ったわけ。
それでもう普通のお見舞いの面会時間は終わってる。夜だから。
インターホンみたいのあってピンポンピンポン
「すいません!すいません、誰か居ます?」
そしたら看護婦さんが“はい。”って言ったら、
「すいません、今日太田光というのが
交通事故でこちらに入院したと思うんですけど」、
“あ、お友達の方ですか?”「そうです」「今大丈夫ですか?」って言ったら、
死にましたよ。”」

観客「え〜」

田中「言ったんだよ。」

深澤「ええ!?」

東野「マジで!?」

田中「言ったの。シャレの筈だったらしいの。」

太田「シャレ。」

東野「向こうは。」

田中「向こうはシャレのつもりらしいの。」

観客「え〜」

東野「その頃は爆笑問題。」

田中「学生。」

太田「俺がもううるさかったの、その前に。「俺死ぬの!?俺死ぬの!?」」

観客「(笑)」

太田「さんざん聞いてたから。「死ぬの?死なないよね?」」

東野「評判が悪い患者で“うるさいわい。”という所にちょうど来たから。」

田中「俺ビックリ、もう信用したから。それ100パー信用したから。」

東野「その時はどう思ったわけ?“もう死にました。”って言われた時。」

田中「「え〜!!」って言って。「どこ!?」
俺ももう何だか分かんないパニックで。
それでもう「え!?」って言ったら“302号室です。”」

深澤「え〜」

中澤「うそ〜」

田中「“冗談ですよ。”、みたいな。」

深澤「そんな事酷い。」

田中「酷いでしょ?それ。」

東野「カチン!と来なかったの?」

田中「カチンより「良かった〜!」」

観客「(笑)」

田中「「あ〜冗談か〜」」

深澤「え〜」

田中「そんなでビックリして、それで行ったらまたこいつバツ悪そうに
上半身裸で包帯でグルグル巻きにしながら、
やっちゃったよ。」」

観客「(笑)」

田中「寝ながら。」

東野「やっちゃったよ。」

東野「それで何日の入院で済んだ?」

太田「2週間。つらかった。それ一回きりだよ、コイツお見舞い来たの。」

田中「遠いんだもん。」

太田「一回も来やしない。」

田中「めちゃくちゃ遠いんだもん。」

太田「つらいよ〜。骨折だからそんなに体の中身が悪い訳じゃない。
だけどたまたまこうね、骨折、こう外に骨折したんですよ。」

東野「はいはいはい。中だったら危ないでしょ。」

太田「刺さっちゃうからそれ。」

東野「肺が潰れるじゃないですか。」

田中「普通だったら死ぬ事故ですよ、そんな事故。」

太田「そうです。」


まさに、九死に一生を得た大事故だったそうですが、
太田さんは意外にもケロっとした表情で語られていたのが印象的でした。


下の動画(ラジオ音声)は以前太田さんがラジオ番組の中で、
東武東上線沿線に住む埼玉県民の東京に対する意識についてや、
地元上福岡や東武東上線の話をした時の録音です。

- 『埼玉っ子から見た東京 太田光』 - 
(2008年 TBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』より)










・嶋重宣(しま しげのぶ)

プロ野球選手の嶋重宣さんは上福岡出身です。

1976年北海道札幌市生まれ。

上福岡市立第五小学校(現:ふじみ野市立西小学校)、
上福岡市立第二中学校(現:ふじみ野市立葦原中学校)卒業。

高校は宮城県仙台市にある私立東北高等学校を卒業。

<略歴>
東北高では2年生次に春夏の2度、
3年生次に夏の1度の計3回甲子園に出場。
3年生次には高校日本代表に選抜されキューバと対戦。
高校卒業後の1994年、ドラフト2位で広島東洋カープに入団。
2011年までの17年間、広島東洋カープの選手としてプレーした。
2012年からは埼玉西武ライオンズでプレーしている。

嶋さんは、有名な野球少年だったようです。
嶋さんの上福岡でのエピソードをひとつ紹介します。

「上福岡の嶋」

「中学三年間は体力的にきつかった」と、嶋は語る。
埼玉県の上福岡二中では野球部に入部せず陸上部所属。
砲丸投げが専門で地元では無敵だった。
放課後の二時間の部活動を終えると着替えもそこそこに塾へ行き、
深夜まで机に向かった。
翌朝六時には陸上部の練習のために家を出る毎日だった。
「夜、玄関に戻ってきた瞬間にばたんと倒れて、
『何か食べ物を口に入れてくれー』と叫んでいました」と母の裕子は笑う。
「よく学び、よく遊ぶ」を実践する男の子を周囲の異性が放っておかないのは
今も昔も変わらない。下駄箱に恋文が置かれていた事も何度かあった。

多感で多忙な時期でも、小学一年から続けていた野球が第一だった。
週末は地元の「上福岡シニア」の練習に参加。二年の時からエースだった。
当時の監督中村浩は
「嶋君のおかげで弱小チームが埼玉県内で負け無しになった」
と、快投ぶりを懐かしんだ。

二年の秋、チームを初の関東大会に導くと、いきなりベスト8進出。
「上福岡の嶋」の名は、県内を飛び出し、一気に関東地方に知れ渡った。




・北原佐和子

80年代初期のアイドルユニット「パンジー」のメンバーだった、
女優で元アイドルの北原佐和子さんは上福岡出身です。

1964年埼玉県入間郡福岡町(のち上福岡市、現:ふじみ野市)生まれ。

上福岡市立第二中学校(現:ふじみ野市立葦原中学校)卒業。
高校は志木市にある私立細田学園高等学校入学しその後、
埼玉県立朝霞高等学校定時制へ転入、卒業。

北原さんは上福岡市立第二中学校に在学中、
文化祭で自身のミニコンサートを開かれたとのこと。

ちなみに北原さんの妹さんは、同じ上福岡出身の爆笑問題の太田光さんと
同級生だったそうです。
以前太田さんがご自身のラジオ番組の中で話されていました。




・二階堂千寿(にかいどう ちひろ)

水谷豊さん主演の人気学園ドラマ「熱中時代」で、
礼文島からやってきた女の子役を演じた二階堂千寿さんは上福岡出身です。

1969年東京都生まれ。

上福岡市立第六小学校(現:ふじみ野市立元福小学校)、
上福岡市立第二中学校(現:ふじみ野市立葦原中学校)卒業。

千寿さんはお生まれは東京都ですが、
幼少の頃より上福岡に住まわれていらっしゃいました。
お兄様は俳優の二階堂智さん。




・二階堂智(にかいどう さとし)

二階堂千寿さんのお兄様で俳優の二階堂智さんは上福岡出身です。

1966年東京都生まれ。

上福岡市立第六小学校(現:ふじみ野市立元福小学校)、
上福岡市立第二中学校(現:ふじみ野市立葦原中学校)卒業。

智さんはお生まれは東京都ですが、
幼少の頃より上福岡に住まわれていらっしゃいました。
代表出演作は「WINDS OF GOD」NY国連公演や
2006年公開の映画「バベル」の真宮刑事役など。
他多数のTVドラマや映画にも出演。

爆笑問題の太田光さんとは小・中学校の同級生。
小学校時代、二階堂さんは幼馴染の太田さんと一緒に、
当時子役として活躍していた妹の千寿さんのロケ現場を見に行ったり
していたそうです。




・新田恵利

元おニャン子クラブ(会員番号4番)の新田恵利さんは上福岡出身です。

1968年埼玉県上福岡市(現:ふじみ野市)生まれ。

上福岡市立第三小学校(現:ふじみ野市立駒西小学校)、
上福岡市立第一中学校(現:ふじみ野市立福岡中学校)卒業。
埼玉県立福岡高等学校卒業。

代表曲「冬のオペラグラス」が発売された時には
上福岡市立第一中学校にTV中継が来たそうです。

新田さんがおニャン子クラブのメンバーだった当時は、
夕方17時からの『夕やけニャンニャン』放送開始に合わせて
地元の上福岡駅から池袋行きの東上線に15時頃に乗り、
『夕やけニャンニャン』の収録スタジオに通っていたとのこと。

新田さんが東上線で『夕やけニャンニャン』の収録に通っている事は
またたく間に東上線沿線の下校途中の男子高校生の間に知れ渡り、
東上線の車内で男子高校生から指を指されたり、
男子高校生以外でも帰りの東上線の車内で痴漢に遭ったり、
制服のスカートを切られたりと大変な目に遭われたそうです。

他にも、新田さんと上福岡のエピソードとして、新田さんは高校生時代、
上福岡駅東口に在った不二家 上福岡店(現在は閉店)で
アルバイトをされていたそうです。

ちなみにその当時、新田さんのおニャン子クラブでの当初の日給は5000円
だったそうですが、おニャン子クラブに加入した理由として、

「上福岡の不二家のアルバイトよりも日給が良かった
『夕やけニャンニャン』の“日給5000円”に惹かれて
おニャン子入りを決意した。」

と以前ラジオ番組の中でご自身で語られていました。

新田さんは2010年にはTBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー』に出演され、
同じ上福岡出身の爆笑問題の太田光さんと地元上福岡の話や東上線トークで
盛り上がっていました。

『2010年2月1日 爆笑問題の日曜サンデー ここは赤坂応接間
ゲスト:新田恵利』





・星野真里

ドラマ『3年B組金八先生』の坂本乙女(金八先生の娘)役で有名な
星野真里さんは上福岡出身です。

1981年埼玉県生まれ。

中学校・高校は青山学院中等部、青山学院高等部を卒業。
青山学院大学文学部フランス文学科卒。

ご実家は上福岡でたばこ店を経営。




・うじきつよし(他 KODOMO BANDのメンバー全員)

うじきつよしさんとKODOMO BANDのメンバーの方全員は1978年頃、
上福岡のアパートに住まわれていたそうです。

上福岡駅近くにあったライブ喫茶“のらろば”によく出演されていたとのこと。




・長峰由紀(ながみね ゆき)

TBSアナウンサーの長峰由紀さんは上福岡出身です。

1963年生まれ。

上福岡市立第二中学校(現:ふじみ野市立葦原中学校)卒業。
高校は埼玉県立松山女子高等学校、
立命館大学文学部文学科卒。




・有田気恵(ありた きえ)

バラエティー番組『あっぱれさんま大先生』で人気を博した元子役の
有田気恵さんは上福岡出身です。

1983年東京都保谷市生まれ。




・條辺剛(じょうべ つよし)

徳島県出身の元プロ野球選手、條辺剛さんが、
2008年4月に上福岡にて「讃岐うどん 條辺」をオープンさせました。

2005年にプロ野球を引退後、うどんの本場四国香川県にて修行。
ご夫婦で香川県高松市内のうどんの老舗で修行されたそうです。
(奥様は接客の修行を同じうどん店でなさったそうです)

1年半のうどん修行ののち、奥様のご実家が上福岡に程近いこともあり、
埼玉県上福岡にうどん店を開店。

現役時代は、2002年に読売巨人軍で中継ぎの投手として
チームの日本一にも貢献。
かつて球速150kmを誇った豪腕を生かして打ち上げた讃岐うどんは、
「関東で食べることが出来る本場の讃岐うどん」と評され、
上福岡のお店にはお客が絶えないとのこと。

joube.jpg

-讃岐うどん 條辺-
〒356-0004 埼玉県ふじみ野市上福岡1-7-9
TEL 049-269-2453




・高城剛(たかしろ つよし)

ハイパーメディアクリエイターの高城剛さんは上福岡出身です。
高城さんは女優の沢尻エリカさんの夫としても有名です。

1964年東京都葛飾区柴又生まれ。

高城さんはお生まれは東京都葛飾区柴又ですが、
幼少時代から既に上福岡に住まわれていました。

上福岡市立第五小学校(現:ふじみ野市立西小学校)、
上福岡市立第二中学校(現:ふじみ野市立葦原中学校)卒業。

高校は埼玉県立福岡高等学校、
大学は日本大学芸術学部文芸学科を卒業。

上福岡市立第二中学校では爆笑問題の太田光さんが1学年後輩とのこと。

1999年にはNHK『課外授業 ようこそ先輩』に出演し、
「人間とコンピュータの正しいつきあい方」をテーマに
上福岡市立第五小学校の生徒に課外授業を行っていました。




・宮前真樹

アイドルグループ「CoCo」の元メンバーで、現在はタレントとして活動している
宮前真樹さんは、CoCoとして活動していた時期の
1989年頃から1993年頃までの間、ご一家で上福岡に住まわれていました。
宮前さんは上福岡に越される以前は同じ東上線沿線の
下赤塚で暮らされていました。




・三澤興一

元プロ野球選手の三澤興一さんは上福岡出身です。

1974年生まれ。

埼玉県入間郡大井町出身。

高校は帝京大学系属帝京高等学校(帝京高校)を卒業。
早稲田大学卒。

<略歴>
帝京高校では1991年春夏、1992年春夏の4期連続甲子園出場。
高校通算29本塁打を記録するなど、3年時はエース投手で4番打者だった。
1992年春の甲子園では4連投し優勝を果たす。
早稲田大学では1年生の春から登板しエースとして活躍。
東京六大学野球での奪三振数は和田毅、江川卓に次いで第3位を誇る。
1996年のアトランタオリンピックでは日本代表に選ばれ、
大学生にもかかわらず初戦のオランダ戦に先発し勝利を挙げ、
銀メダル獲得に貢献する。同年のドラフトで巨人から3位指名を受け入団。
プロ入り後は主に中継ぎ投手として活躍。2000年には巨人の日本一に貢献。
2001年近鉄に移籍。同年の近鉄のリーグ優勝に大きく貢献した。
2004年には再び巨人に移籍するも怪我によりオフに戦力外通告を受ける。
その後トライアウトで2005年、2006年にはヤクルト、
2007年には中日に所属するも振るわず再び戦力外通告を受ける。
2008年、メジャーリーグに挑戦する為渡米。しかしメジャーでは通用せず
アメリカ独立リーグと契約。
2009年には独立リーグのチーム、アーマダに所属し
伊良部秀輝と同僚となった時期もあった。
2010年4月に現役を引退。現在は古巣の巨人でスコアラーを務めている。

三澤さんは中学時代は地元の「上福岡シニア」に所属。
2学年下には同じ上福岡出身のプロ野球選手、嶋重宣さんが居り
共に中学野球界で活躍されたそうです。

三澤さんと嶋さんの活躍ぶりは
「上福岡には2人の怪童がいる。」
と評判になる程だったとのこと。


posted by pokochi444 at 05:21 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする